二章 インドの洗礼

それは前触れもなく突然訪れた。激しい腹痛と便意である。僕はベッドを降りると部屋を出て、一階にある共同便所に向かって走り出した。

やっとたどり着き、ドアを開けて中に入ると、ベルトを緩めジーパンと下着を下ろし便座をまたいでしゃがんだ。その瞬間に堪(こら)えていたものが、一気に吐き出されてゆく。

股の間から下を覗くと、大きな塊(かたまり)とは別に、幾つもの飛沫が便器の淵にまで飛び散っていた。

初めて経験する激しい痛みを伴う下痢に、僕は脂汗を流しながら必死に耐えていた。繰り返し吐き出されるものは、最後には黄土色をした水だけだった。

結局、この夜は部屋と共同便所を何度も往復して一睡もできなかった。

「インドの下痢は、日本の薬では絶対治らない」

オールドデリーの安宿で出会った日本人が、確信を持った顔で言った言葉を思い出していた。

「インドに来て最初の一~二ヶ月ぐらいが危ない。長期旅行者なら誰でも通る通過儀礼だが、上手く乗り切らないと体力を落として、もっと恐ろしい伝染病に罹(かか)ることもあるから気を付けないと。治療方法は断食が一番だよ。ただし、断食中は十分に水分を摂らないと脱水症状になるし、下痢が治まったからといって、すぐに食事をするのはとても危険だから、少しずつ戻していかなければならないんだ。初日は果物を少し摂るだけで十分さ」

僕はどうするべきか悩んだが、その日本人の言葉を信じることにした。