何も食べず水だけしか口にしていないのに、一日に何十回も共同便所に通った。よくも出るものがあると不思議でならない。

きっと腸壁にこびり付いていた老廃物が、水と一緒にすっかり流されたのだろう。治った安堵感からか、くだらない想像をしている自分に気付いて苦笑した。

「林檎でも食べてみるか」

独り言を言ってベッドから降りると、バックパックの中から万能ナイフを取り出した。ベッドの端に腰かけ、ずいぶん前に買って椅子の上に置いたままだった林檎を手に取り、皮をむき四分の一に切って口に運ぶ。

「美味い!」

口から喉にかけて甘酸っぱい香りと味が広がる。その豊潤な香りと味は、食道と胃の内側の薄い粘膜を通して、全身の細胞の一つひとつに染み込んでいくようだ。何日も食べ物を口にしていなかったので、ひとかけらの林檎が本当に美味しく感じられた。

「恭平いる?」

ゆっくり時間をかけて林檎を一個食べ終えた時、誰かがドアをノックした。

「どうぞ入って、鍵はかかってないよ」

思いがけず、遠慮がちに部屋に入ってきたのはパトリシアだった。

「ここに座って」

パトリシアに椅子を勧めた。彼女は椅子に座ると、心配そうに「大丈夫?」と言った。

僕が「もう大丈夫だよ」と答えると、僕を見つめ「ちょっと痩せたわね。インドの洗礼を受けた感想は?」と、優しく微笑んだ。

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