知らぬが佛と知ってる佛

二度目の癌闘病記

受けた美瑛子は意外と冷静であった。前日ラインでの連絡から一夜を経て、心の整理はついていた。一度目の直腸がんは見事に克服した。二度目も克服してくれるであろう。

日常の夫の心身の活動ぶりから考えても、まだまだ克服力はあるはず、と自身にも言い聞かせていた。それでも一度目は七十七歳時、今回は九十歳を一歳超えた老体である。一抹の不安はあった。その不安の払拭に、心の中で静かに両三度十字を切り、夫の安泰を真摯に願った。

後藤医師は、君の手術を来週の木曜日二十六日に登録をした後、十四年前の直腸がんの手術記録に目を通した。

気になったのは、一回目の手術で下腸間膜動脈(下行結腸・S字状結腸・直腸の栄養をつかさどる動脈)を根部で切り離していることだ。

とすると、今回腫瘍が存在する右半の結腸切除によって上腸間膜動脈(盲腸・上行結腸・横行結腸の栄養をつかさどる動脈)の feeder(支流)を残せるかどうかが鍵となりそうだ。

もしfeeder残存が保証できない場合には、結腸を残せても機能はしなくなる。その場合は大腸全摘・人工肛門造設になるという見通しを立てた。

インフォームドコンセントにのっとって、この見通しを説明するため君の病室に赴いた。

後藤医師から説明を受けた君は、手術の見通しには了解しつつも、大腸全摘は想定外の事態であっただけに、正直なところ、そうはなりたくないなーと顔を曇らせ、少時息を詰まらせた。

要するに早い話が、腫瘍が存在する部分の結腸を切り取って済むものか、さもなくば大腸全部を切り取るかである。

手遅れを過ぎていると自覚している君にとっては、後藤医師の説明にはなかったが、最悪の状態、つまり腹を開けてみたら手が付けられないという状態もありうるのではないかと憂いたからである。

『後藤先生はそんな状態は考えていないよ。大腸がなくなりお腹が空っぽになっても、命は保証されているんだから、そう心配しなさんな』

【知ってる佛】は声高に呼びかけ、君に憂いで息詰まった息を思いきり吐き出させた。

この日から、術前検査のためのいろいろな検査ブースを巡る院内トラベルが始まった。旧館時代のA病院とは打って変わり、新築の院内は明るく広く、各検査ブースのスペースもたっぷりとってあって、スタッフも以前より多く、対応も親切。

君は、最先端の医療施設と医療スタッフに身を託すという認識が深まるにつれ、病態に対する不安感情を払拭する環境に至極満足を覚えた。