まずは食止めの対策として、中心静脈栄養の処置を受ける。鎖骨下静脈から上大静脈(中心静脈)に栄養液を送るカテーテルを挿入するのだが、生理検査室で、X線透視下のもと、術者は手術着を着、消毒もものものしく、針刺入部位は局所麻酔が施されるなど、さながら小手術そのものである。
十四年前はどうだったかというと、病室で、カテーテルを誘導する太い針を手探りで頸静脈に、エイヤーとばかりに一気に刺入する、一発勝負に似たやりかたであった。君はそれを体験している。その体験から比べれば隔世の感を受けた。
腹部造影CT、心エコー、負荷心電図検査と巡る。検査を受ける度ごとに、生年月日と氏名の呼称を求められる。点滴の交換時も採血時も、そして配膳の都度もである。
過去に患者を取り違えて手術した例や、検体の氏名を確認しないまま正常者に癌の告知をしてしまったなどの医療ミスを防止・回避するため、
一治療行為(検査行為を含めて)ごとに同意書にサインを求められることはもちろんのことだが、退院したら早々に介護保険を申請するようにという看護師の説明にも、説明を受けたというサインを求められたのには、ちょっと念が入りすぎているのではないかと思うこともあった。
君にとって心エコーと負荷心電図は初めての体験であった。心エコーでは、痩せて肉の覆いが薄くなった肋骨にプローブが滑るたびに「痛て!」と叫びたかったが体面上黙した。
負荷心電図では顔なじみになった検査技師に励まされて、マスター階段負荷検査の階段昇降の八十%はクリアーしたが、思いのほかしんどかった。終わって、このところ多発している期外収縮がにわかに頻発し、不整心拍ごとに体が揺れた。
「術前検査に、何か問題がありそうかね」
君の問いに【知ってる佛】は『うん』と軽く頷いたが、そのあとはムニャムニャと言葉を濁した。
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