秋山はこちらが若輩であることやそれに経験の少なさを見抜いており、幾分侮っている風が態度に感じられる。そこが付け目かもしれない。

やがて両者とも木太刀を正眼(中段)に構える。秋山は余裕たっぷりと話しかけてきた。

「掛かってこい。掛かってこぬならこちらから……」

秋山の言葉の途中の一瞬を捉え、武蔵は素早く踏み込み、木太刀を上段より秋山の額から眉間を狙って振り下ろした。

秋山は、予想もしなかった武蔵の素早い踏み込みと攻撃に、これを受けようか躱そうかと一瞬逡巡した。そこをつけ込まれた。武蔵には十分な手ごたえがあった。秋山は顔から血を流しながら前に倒れた。

人生二度目の勝負でも、武蔵は勝ちを収めることができた。此度は周りに人は誰もいなかった。有馬喜兵衛との勝負は、剣の勝負で勝ったものではなかった故、此度こそが初めての剣の勝負であった。それに勝つことができたのだ。

武蔵は、秋山の呼吸を確かめることなく、そのまま山を下りていった。下りながら生死をかけた勝負に勝ったという高揚感と興奮を冷ましていった。勝った喜びが冷めていくに従い、血を流して倒れた秋山の姿が何度も繰り返し脳裏に甦ってきた。

兵法者の習いとはいえ、秋山には気の毒なことをしたという思いが湧いてきた。秋山には家族はいたであろうか。

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