龍野・ 圓光寺
三
武蔵が山腹の三川権現へと下りていくと、ちょうど門のところで一人の若い僧と出くわした。
「ここに秋山新左衛門と申す者がおろう」
「その方なれば、いま山に入っておられると存じます」
「うむ。滝の側で先ほど立ち合った」
僧は、武蔵が右腕に提げ持つ木太刀に目を遣った。清流で血を洗い流すことさえ忘れていた。僧に驚きの表情が走った。武蔵は、懐から銭を取り出した。
「そのままにして下りてきてしまった。少ないが、これで成仏させていただけまいか。
拙者、播州牢人、新免武蔵玄信と申す者にござる」武蔵はそれだけ言うと、唖然とする面持ちの僧をしり目に踵を返して足早に三川山を下りていった。
秋山を気の毒に思う気持ちはありながらも、やはり武蔵には、勝負に勝ったという達成感あるいは安堵感といったら良いのか、ある種の充実した感覚があった。
武蔵は、幾重もの山河を跨ぎ、揖保川の中流域あたりに戻ってきた。この川を下っていけば龍野に至る。
武蔵は、川沿いの山道をときに暮れなずむ川面に目を落としつつ歩むにつけ、しきりとあの日志乃と歩いた夕陽に映える川面の景色が思い出された。
陽が落ちたので一夜を揖保川が見下ろせる山中で過ごし、いまだ暗いうちに出発した。