【前回の記事を読む】【忍びVS武士】「皆を連れて先に行ってくれ! 俺は追っ手を何とかする」…そのとき横合いから三人の武士が現れた。雑兵ではない。

忍びの者

望月城を含めて甲賀の城は、城というよりも空堀と土塁とで囲まれた砦といったほうが相応しい造りのものであった。その岩尾山の砦の中に設けられた狭い長屋のようなところが、太一たちの塒(ねぐら)であった。狭いので寝るときぐらいしか使わない。太一も初音も砦内では、鍛錬場にいることが多かった。初音は、手裏剣の投擲をやっていた。

「初音! 水口から戻ってきた。しばらくここにいて、次の指示を待てとのことだ」

「私もよ」

「十蔵は佐和山に行ったようだ」

「うん。そう聞いたわ」

佐和山城には、くノ一の蓮実が侍女として入り込んでいる。

蓮実はもともとこの里の者ではない。元は信濃の国、望月千代女(ちよめ)の流れを汲んだ幼子(おさなご)であって、武田家と縁(ゆかり)のある家に庇護されていた。それを家康方が甲賀の里に送ってきて、上方や周辺地域の様々なことを学ばせた。そしてしかるべき武家に奉公させた後、三成の侍女とすべく佐和山に送り込んだのである。

太一はこの里で忍びの訓練をしていた子どもの頃、よそから突然やってきた年上の蓮実を何と美しい娘かと思った。だが、己とは無縁の女性だとも感じていた。

それは、太一には好きな娘がいたからかもしれなかった。同い年の初音である。その初音は左右に走りながら、一心に棒手裏剣を的に向かって打ち続けていた。太一は、蓮実のことを思い出した故か、つい聞かないでも良いことを聞いてしまった。

「初音は佐和山の蓮実様のような暮らしがしたいとは思わぬか?」

「嫌よ! 蓮実の局といわれているってことは、三成の妾になったってことでしょ。敵方の女になるなんて……」

「うん……」

多くのくノ一の役割は、たとえ侍女であっても、上の指示で好きでもない敵の男を女として秘術を尽くし籠絡しなければならない。それでも、役目を終えた後には忍び同士夫婦(みょうと)となって所帯を持つこともできる。それは忍びとしては幸せなほうであろう。

初音はそのような生き方ではなく、敢えて過酷かもしれないが、男の忍びと同じように生きる道を選んだのだ。太一は初音のそんな生き方を仲間として支えてあげたいと思っていた。