忍びの者

太一は、『眠りの紙』に火をつけ、扇子を使ってうまく『眠りの煙』を流して部屋番たちを眠らせた後、各部屋に数人ずつ入っている甲賀衆に声を掛けた。すると、各部屋から合わせて数十人ほどが出てきた。だが突然、声が上がった。

「逃げたぞー」

甲賀衆の中にも反家康方がいるため、その者が叫んだのかもしれない。

「与一殿は、皆を連れて先に行ってくれ! 俺は追っ手を何とかする」

「よし、わかった。皆こっちだ! 後についてきてくだされ!」

与一と甲賀衆が走り去っていく。太一は、荷の中から『鳥の子』を取り出した。煙遁(えんとん)の術に使うもので、和紙を固めた玉の中に火薬と発煙剤が入れてあり、手投げ弾として使う。

長束正家の兵が追ってきた。反徳川方の甲賀衆も入っているようだ。太一は、自身と兵との間付近に鳥の子を投げ破裂させた。煙を少しだけ発生させることができたが、煙幕の効果としては十分ではない。太一は走りながら焙烙(ほうろく)火矢(ひや)を準備した。これは素焼きの陶器の中に火薬を仕込んだもので、一種の手榴弾である。追手の先頭の足元に向けて投じた。

「ドカン!」と派手に爆発するはずであったが、そういつもうまい具合に爆発してはくれない。だが、追手はこれに怯んだのか少し立ち止まってくれた。前方に目を遣ると、ちょうど甲賀衆が柵の小門の門番を倒して脱出していくところだった。

太一は枡形虎口に向かおうとした。そのとき横合いから甲冑を纏っていない三人の武士姿の者が現れた。雑兵ではないと見た。太一は忍び刀を差してはいるが、短い刀なので、広い場所で太刀や槍を持った幾人もの武士を相手に戦うのは不利であった。身を屈め脚絆に忍ばせた棒手裏剣を横手から二本連続して二人に打った。