【前回の記事を読む】『虎之爪』『忍び筒』 忍術を駆使し佐和山城に忍び込んだ十蔵。天井裏から聞き取った密談の内容は驚くべきものだった…!

忍びの者

十蔵の話を聞いた善実坊は、最初は真なのかと耳を疑った。初音が届けた蓮実からの密書では、宇喜多秀家を総大将に担ぐとの話であった。その程度のことは予想されていたことだった。

だが、毛利が出てくるとなると話はまるで違ってくる。事情が変わったということかもしれない。蓮実も三成の寵を得ているとはいえ妾にすぎない。三成が政局の重大事をそう簡単に漏らすことはないのかもしれないし、真相を掴むことが容易ではないことも事実であろう。くノ一の限界かとも考えられる。

「よく掴んだな。また、戻って引き続き動きを探ってくれ」

「そのつもりでござった。では……」

善実坊がまだ何か言いたそうな表情をしたので、立ち上がりかけた十蔵はそのまま控えた。

「何か?」

「うむ……。蓮実のことだが、ちゃんと役目を果たしているのか、ちと気になるところがある。そこのところを……」

「合点、承知!」

善実坊が全部を言わないうちに十蔵はニヤリとして走り去った。その十蔵の後姿を見て、善実坊は舌打ちをした。

(あやつ……しょうがないやつだ)

十蔵は、夜になるのを待って佐和山城に忍び込んだ。初めて蓮実のいる二の丸の天井裏に潜んだ。

(これはお役目なのだ。仕方なくあの蓮実の局様の手管を拝見いたすのだ)

十蔵はにんまりとした表情を隠すことなく潜んでいた。

声がする。三成が局の部屋を訪れたようであった。十蔵は天井板に空いた穴から下の様子を窺う。明かりを抑えた燭台の中、布団が仲良く二つ敷かれている。蓮実は布団の外の枕近くに控えている。奥の布団に三成がすっと入る。蓮実にこちらに来るようにと言っているようだ。十蔵は声や物音を立てないようぐっと唾を飲み込んだ。