龍野・  圓光寺

三川権現は山岳修験道の有名な行場である。多くの山伏や行者が集まる。

武蔵は、はやる気持ちを抑えがたく、上月から険しい山々を超え、谷を渡り、勇んで三川山の麓に至った。

三川権現は三川山の山腹にあった。武蔵は、これから強い武芸者に試合を挑むのだという緊張と興奮に包まれていた。ここは心を落ち着かせねばならぬと思い、心を鎮めるため、まずは三川山の上のほうまで登ってみようと思った。

三川山は深い碧に覆われた山である。その渓流に沿って登っていった。しばらくすると激しい落水の音が聞こえてきた。滝だった。

たいして深くはない滝壺の中に一人滝行をしている者がいる。そのまま滝を回り込んで上へと登っていこうとしたところ、その男と目が合った。鋭い眼光である。武芸者に相違ない。

その者の側近く、渓流の向こう側には衣類と大小の刀に加え木太刀が置かれていた。武蔵は男に無用の警戒心を起こさせぬように、そのままそれらが置かれたところとは反対側の川沿いを登っていき、落水に当たっている男に目礼し自ら大声で名乗った。

「それがし、新免武蔵玄信と申し、播州・龍野の圓光寺にて修行中の身にござりまする。三川山には廻国修行の途次で立ち寄ったところでござります。貴殿の行のお邪魔をするつもりなど毛頭ござりませぬ。では、これにて失礼いたしたく存じます」

武蔵がそのまま立ち去ろうとすると、その行者はにやりとして、「ちょっと、待っておれ」と言って、滝壺から上がり着替え始めた。何やら武蔵と話でもするつもりかとみえる。