武蔵が立ち止まっていると、行者というよりも、着替えて身の丈六尺近い大兵 (だいひょう) の武芸者に身を変じたその者は、川の中の岩を伝ってこちら側に渡ってきた。
「兵法修行の者か? 随分と若いようだが、これまで幾人ほどの者と立ち合われた? それがしは、戦場を含めると百人は下らぬ。申し遅れた。拙者、秋山新左衛門と申す但馬の一介の牢人にござる」
何と、この者がこの廻国修行の目的たる秋山であった。武蔵は秋山の問いには答えず、「秋山殿のように強き武芸者と是非とも立ち合いをいたしたく、旅をする者にござります」などと答えたから、秋山は不敵な笑みを浮かべて一言言った。
「では、やってみるとするか?」
「……」
武蔵は、答える代わりに無言で頷いた。
秋山は一見しただけで、大柄で強力(ごうりき)の歴戦の強者だと見て取れる。十六歳の武蔵より若干背が高い。
これまで圓光寺の道場で目標として磨いてきた塚原卜伝(つかはらぼくでん)の『一之太刀(ひとつのたち)』で立ち向かうことができたらと思った。だが、もちろんまだその域までには、遥かに遠い。
二人は滝壺の側から幾分離れた、やや開けてはいるが、丸い石ころの転がった狭い河原で向かい合った。秋山は太刀を抜かず、木太刀を右手に提げていた。その長さは約二尺六寸、武蔵の木太刀とほぼ同じ長さである。