武蔵は、圓光寺が近づくにつれ、子どもの頃育った宮本や平福とは違い、初めておのが居場所となったところへと戻る喜びと安心感に温かく包まれていくような心持ちがしていた。圓光寺の門をくぐった。何度も通った門であるが、これまでとは違う己がいた。いうなれば少しだけだが、自信と余裕ができていた。
まだ朝早きに、幸い境内には人影はない。井戸に向かった。旅の汚れを洗い流すかのように釣瓶からくみ取った水を全身に浴びていた。するとその音を聞きつけたのか、一人真っ先に白い寝間着姿の志乃が武蔵の前に飛び出してきた。
「武蔵様!」
「おお、いま帰った!」
武蔵が笑ってみせると、涙を湛えた笑顔で志乃はそのまま武蔵の半裸の身体に後ろから抱きついてきた。
もちろん二人には、このようなことなどいまだかつてなく、初めてのことであった。
「離れよ。それがしは構わぬが、そなたの寝間着が濡れてしまうではないか」
「構いませぬ! ご無事にお戻りで、志乃は嬉しゅう存じます」
志乃はそう言うと、安堵したのか、後ろから武蔵の身体を抱きかかえていた腕と身体を離してくれた。武蔵は、大胆な志乃の行為に不覚にもときめきを覚えてしまったが、それを顔には表さないようにぐっとこらえた。
志乃がさらに驚くべき大胆なことを言った。
「武蔵様がいらっしゃらなかったこの幾日もの間、私にとって武蔵様がいかに大切な方かということがよくわかりました。今宵お部屋でお持ち申し上げております」
「……」
その夜、武蔵は初めて志乃の下を訪れたのだった。