北満のシリウス
八月七日 午後三時三十分頃 ハルビン キタイスカヤ モデルンホテル
広々とした部屋の真ん中に長方形のガラス天板のソファテーブルが、入り口から見て横向きに配置され、そのテーブルの向こう側と手前に四人掛けぐらいのソファがあった。
雪舟の立っている入口ドア付近から見て、右手の奥には、中くらいの大きさの丸テーブルがあり、その上いっぱいに、ザクスカ(ロシア料理の前菜)を載せた皿や、ウォッカの入った瓶、そして、空のグラスなどが、雑然と並んでいた。
その向こうには、隣の部屋があり、寝室になっているようだった。リブカは、「それでは、あなた……」と、夫のニコライにキスをして、ベンジャミンを連れて、隣の部屋に入り、ドアを閉めた。ドアが閉まるバタンという音が部屋中に響き渡った。
左手の奥には、壁際に一人がけのソファがあり、その手前には、小さな丸テーブルがある。雪舟とともに馬で来た二人の男のうちの一人で、コサック帽の男、アイザックは、先にさっさと部屋に来て、その一人掛けにドカッと巨体を沈め、皿にとったザクスカをムスッとした表情のまま、ムシャムシャと食べていた。
窓の近くでは、馬に乗って来た、もう一人の東洋人、エドゥゲーフが、立ったまま何やら真剣に雑誌をめくっていた。アメリカの雑誌のようだった。
雪舟は、ニコライに目を向けた。
「ニコライ、モデルンホテルに部屋を取るなんて、随分と羽振りがいいんだな」
「商売の方は、いたって順調だが、ここの支配人とは、ユダヤ人同士のよしみで昔から親しくってね。それで、今回も、格安でこの部屋を貸してくれたんだ。ところで、エドゥゲーフとアイザックは、もうザクスカに手をつけたぞ。お前もどうだ? ウォッカもある」