ある日突然
自分の部屋さえない今のユウタよりも恵まれた環境ともいえる。お互いにメリットがあるのかもしれないとさえ思えてくる。
だが、もちろん簡単には判断できない。サトコの脳内には、十五年前に多くの人たちに見守られながら一生の愛を誓った結婚式の思い出が蘇っていた。
数秒の沈黙の末、口を開く。
「そうなのね……少しお時間をいただいても……?」
「大きなご決断です。もちろん、よくお考えになっていただいて結構でございます。当社のパンフレットもお送りしますので、ご検討の際の参考にしていただければ幸いです。それでは失礼致します」
数日後、本当に書類が届いた。中を見ると、電話で説明された通りの内容と詳しい金額も載っていて、決して安くはないが頑張れば払える額であった。
サトコは一通り目を通し、いざとなれば考えようと書類をファイルに入れ、見えないようにリビングの棚へときっちり仕舞った。
以来、ユウタの話を聞かない態度は変わらなくても、不思議とさほど気にならなくなった。切り札とは人の心に余裕を生み出すものなのかもしれない。
それから数週間が経った頃、再び異変が起きた。
ある朝、カチャカチャカチャと物音が聞こえて目覚めたサトコは寝室の扉を開ける。
「おはよう」
にこやかに挨拶をするユウタがキッチンに立っていた。そもそもユウタが先に起きていること自体が奇跡的なのだが、それどころではなく、なんと朝ご飯の準備までしていた。
サトコは目を丸くする。