第一章 夫の脱サラと妻に起こった不思議なこと

思い立ったが吉日

本来夫婦共々少し軽めな性格ではあるが、ごくありきたりな毎日を送る関東在住の家族四人の人生の岐路は、不相応に浮かれたことが罪悪感みたいに心に残る、後味の悪いバブルの時期だった。

バブルの時期が人生の岐路という辺りもいかにもありきたりだ。バブルが終盤に差し掛かった平成元年頃からスタートする、当時三十代後半だった私達夫婦の実話だ。

サラリーマンの夫は三十年ローンでマイホームを購入していたが、九州に転勤となった為、住み慣れた家をさっさと手放すことにし、まだ一度も行ったことのない九州に家族四人で引っ越すことになった。

一足先に赴任していた夫が大型犬の為に、やや広めの庭の借家を見付けてくれていたこと等も有り、ワクワクしながら引っ越しの準備に精を出した。海の向こうの九州への引っ越しは私にとっては外国に行く気分だった。

夫の手描きの九州までの高速道路の地図を運転席から見える場所に張り付け、私一人でワゴン車を運転し、関東から九州に向かった。娘、中2。息子、小6。犬、二歳。

暑い夏だった。

家族四人で過ごす九州でのサラリーマン生活は想像以上に快適だった。そんな快適な生活が二年ばかり経過した後、ざまァみろと言わんばかりにあっという間にバブルが弾け、しかし、なるようになるだろうと軽めな性格のまま過ごしていると、バブルに伴い九州での仕事が終了し、私達家族は再び関東に戻らなければならなくなってしまった。

だが、元来脱サラ願望有りの夫。そして、九州での生活が性に合い、このまま九州に住みたいと思った妻と娘と息子。と、犬。

ならば、「今後の四人は何処で暮らすか」、という議案で家族四人の会議を行おう、となった。

「このまま九州にいたいと思う人、手を挙げて!!」

「イェ~イ!!」。

九州完全移住決定。九州に永住することを決め、しかも、定食屋で生計を立てることも同時に決めた。定食屋に決めた理由は他にこれといった特技もなかったからだ。ちゃんとした理由など有ろうものか。

「今後の四人はどこで暮らすか」、についての家族会議の所要時間、約十分。嘘のような本当の話。

思い立ったが吉日。

私達夫婦は早速サラリーマン生活とおさらばし、あまりよく知らない九州の地でいきなり定食屋を始めることにした。少々、無謀。料理担当は主婦歴約十五年の私ではなく、ほんの数時間前までサラリーマンだった夫だ。

休日ともなれば家族の為によく作ってくれていた、ほぼインスタントに近い焼きそばとお好み焼きには自信有り、の夫と決まった。

思い立ったが吉日。