大王の密使
古都洛陽を出て、遥か西に向かう。新しい都、大興城がある。男はこの新しい都を初めて見たとき、その巨大さに驚かされたものだ。そして、この二つの都と長江を結ぶ大運河を造ったのが、新しい皇帝だった。更に国中を運河で結ぶことも、進められている。
新皇帝の考えることは壮大すぎて、男には到底、ついていけないものだ。しかも遙か東では、まだ蛮夷との大きな戦(いくさ)も続いているという。
漢王朝の滅亡後、三百年にわたる中華全土の争乱を平定して再び統一した隋王朝。その初代皇帝楊堅 (ようけん)の死後に、息子たちの後継争いの戦があった。
戦いを制し、国内を安定させたのが、この新皇帝である。男は新都大興城(だいこうじょう)、後に長安と呼ばれる都の広大な王宮に入っていく。いくつもの衛兵所の検問を経て、玉座の間に、ようやくたどり着く。
本来なら、自分のような官位の者が、直接お目見えできるものではない。この度(たび)の件、皇帝直々の思し召しというのは事実だったようだ。皇帝が玉座から御自ら謁見される。その使命の重さに、あらためて身が引き締められる思いだった。
男は玉座に向かって頭を下げている。どのくらい待ち続けていただろうか。人の動く気配がする。
「面(おもて)を上げよ」
宦官の声がする。恐る恐る頭を上げる。
遙か彼方の高い玉座に人がいる。こちらを興味深そうに見下ろしている。