「そちが、裴世清 (はいせいせい)か」

宦官の言葉に、再び頭を下げた。

「この度の東方の倭(わ)国派遣の件、大儀である」

はは、と、裴世清と呼ばれた男は三度、頭を下げた。

「目的は一つである。心得ておろうな」

宦官の言葉が続いた。

「はは。仰せの通りに」

玉座の男は、初めて満足そうに頷いた。

ご退出される、控えよ、最後に宦官の声。

裴世清は頭を床にすりつけた。

もし、使命が不首尾とならば、この首は無いかもしれん、そういうことだろう。

隋王楊広 (ようこう)、後に煬帝 (ようだい)と諡(おくりな)される二代皇帝は、ゆっくりと玉座を立ってその場を去った。

朝の体術の鍛練が終わる。蝶英(ちょうえい)はいつも通り、紀ノ川を見下ろす丘の上で仰向けになった。吹き抜ける風が心地良い。身体の節々の疲れが、少しずつ消えていく。毎朝の決められた鍛練だ。老師の教えは、十六の少女に対しても手加減はしない。

蝶英。

老師の声で、慌てて身体を起こす。辺りを見渡す。蝶英は笑った。多分、老師の心の声を聞いたのだろう。立ち上がると、丘を離れて小屋に戻る。穴を掘って立てた柱に藁を葺いただけの小屋。老師の姿はない。