「よっ。クルミルク元気? 今さぁ、となりの部屋にいる爺さんのオシメ取り替えてたら、吐きそうになっちゃったよ。ゆるいクソ、たくさんしててさぁ、気持ち悪いの。

おれって正直じゃない? 思わずウエッて顔そむけたら、そのジジイ、生意気ににらんでやんの。せっかくこっちがはオムツ交換してやってんのにさ。ムカついたから、そのままケツ拭かないでズボン穿かせてきちゃったよ。ま、これも教育だよね、教育。……あ、そういえば、どこか悪いとこない?」

「ないです」

色のない声で、素っ気なく返す。先日僕は、この男に骨折している左肘に血圧計をあてられ、痛い思いをさせられていた。だが、それよりもこの男に辟易(へきえき)するのは、女性看護師の前で、患者を犠牲にして笑いをとろうとすることだった。

何かにつけて、「アブねぇ~。もうすぐ死ぬんじゃね?」などと言っては、大笑いする。話している本人は楽しいらしい。上の者にはヘコヘコしてるくせに、患者や後輩のことは“教育”と称してボロクソに言う。

言われる相手の気持ちがわからないのだから、もともと医療職には向いていないのだろう。話すに値しない人間だ。

僕は目を伏せたまま、彼に言った。

「睡眠剤もらえますか」

「睡眠剤? なんだぁ、クルミルクまた眠れないの? しょうがねえな。夜眠れないと、社会復帰できないよ?」

「…………」

「じゃあ、先生に聞いてくるから、ちょっと待ってて」

「あ、ついでにデパスも」

わかったと言うと、平岡は勢いよく病室を飛び出していった。

ふだんの生活の場面でなら、多少やっかいな人間に出会っても、適当に受け流してその場から逃れられる。だが、逃げ場のないこの状態では、睡眠剤と精神安定剤を飲んで眠るのが最善の策だ。

やがて平岡は戻ってくると、デパスを一錠さしだした。

「昼間は睡眠剤出せないってさ」

僕はそれを受けとって、水もなしにごくんと飲みこみ、頭から布団をかぶった。

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