滑り止めということ

内申書を頼みに、担任の先生のところへ行った。今年は、二期校にも出しておくことを勧められる。私は、それまで他の大学には願書を出したことがなかったのだ。国立大学は、一期と二期の二つに分けられていて、受験日がずれているので2校まで受験することができる。

しかし、私はそもそも、滑り止めという考えが嫌いなのである。これがダメだったらあれという気持ちがあると、第一志望に全力を賭ける気持ちが弱くなるだろう。

例えばの話である。気に入った女性が二人いるとする。どちらにしようか。そうか、まずAに話してみよう。そしてダメだったらBにしよう。

というような考え方が、私は嫌いなのだ。それで、もしBになったとしよう。そうすると、私は第二志望でBを選んだのだと一生思うであろう。

Aがダメになった時、改めて状況を考えれば、もう一度Aに再挑戦するか、それともその時点で、私の希望はBだと自分で納得すれば、Bは第二志望ではなく第一志望なのである。

ある瞬間には一つだけ追い、二つは追いかけない。それが私の人生観なのだ。

しかし、今回は先生の勧めに沿って、一応二期校にも願書を出すことにする。自分の考えとは少し妥協したことになる。二期校で理学部というと、横浜国立大学・東京学芸大学などがある。

だが、ここでもちょっと考える。もし、第一志望の東大に落ちて第二志望の同じ理学系に受かって進むと、後々一つの敗北感のようなものにとらわれるのではないか。それで、全く違う方向を考えた。

選んだのは東京外国語大学。自分のいく先の選択を試験の結果という運に賭けたのである。もし、外国語大学になった場合、外国語習得の場としては、東大よりもはるかに優れているだろう。

しかし、今度は東大に合格だったので、二期校は受験しないで済んだ。二年浪人はしたが、私はある意味で初志を貫いたことで、人生に悔いを残さなかった。私のわがままを許してくれた母や家族の支援に感謝している。

この時の経験は、後々挑戦を恐れないという資質になったのではないかと思う。

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