改めてそう思いながら、暗い夜道を家路に就いた。そして、科学棟の廊下に、ゼミの希望結果が貼り出された。

圧倒的に地学ゼミの希望者が多かった。植物ゼミ希望者は、私一人だった。

いいや、いいや、構わない。これなら自分一人で教授の教えを独り占めできるぞ。

その頃少し気になっていた男の子が地学を選んでいたのは残念だったが、私はその結果に満足していた。

地学を選んだ女の子が言った。

「地学の先生はね、生徒にめっちゃご飯を奢ってくれるらしいよ。ふふ」

私は驚いた。

どうやらそんなことがゼミの選択基準の一つになっているらしいのだ。これを学びたいから、という強い思いではなく、ご飯が食えるかどうか。なんてことだ。

その後、植物ゼミに入ったときも、別の驚きが待っていた。

大学に入る前、私は「きっと学生たちの中には植物に詳しい人がたくさんいて、たくさんのことを教えてくれるだろう」と思っていた。そこで私は多くのことを吸収するのだと。

ところがいざゼミに入ってみるとどうだろう。メンバーの中で、植物に一番詳しいのは自分だったのである。私自身も植物に関しては素人だ。たくさんの種類の植物の名前や種類を特定できるわけではない。

その私よりも、周りの同級生は植物の名前を知らなかった。

私が教授に質問された草木の名前を答えると、「里子ちゃん、すごいすごい」と言うのである。

私はショックだった。

誰か、知識のある人はいないのか。

部活の先輩にはある程度植物に詳しい人がいたが、バイトにあけくれているのか、滅多に姿を現さない。幽霊のような人だった。

ただ一度、その先輩が車で富士の樹海に連れていってくれ、林の中にひっそりと花を咲かせる細いフジコザクラを見せてくれたことがある。

「俺、これ好きなんだよね。こういう野生のは、数が少なくなってきてるみたいなんだけど」

そう言って先輩は、その細いコザクラの木を見上げた。薄い桃色の花が頼りなげで可憐だ。

その先輩に会えたのは、そのとき一度きりくらいのもので、その後彼がどうなったのかは分からない。

【前回の記事を読む】「空気が濃い!」山小屋のアルバイトが終了して下山。授業に読書にと充実の大学生活

 

【注目記事】あの日深夜に主人の部屋での出来事があってから気持ちが揺らぎ、つい聞き耳を…

【人気記事】ある日突然の呼び出し。一般社員には生涯縁のない本社人事部に足を踏み入れると…