知之の第二ボタンはすでになくなっている。〈誰がもらったのか〉ちょっと気になる史に、
「史、ここんところ大丈夫そうだなあ。よかったあ!」
史は「うん」と頷いた。暫く一緒に歩くと十字路に着いた。「じゃあ」といって知之は右に史は左に。数歩進んだところで、知之が引き返してきた。
「史、将来誰ももらい手がなかったら、俺がもらってやるからな、覚えておけよ」
史は返事をしないで笑顔を返した。
史は県下有数の進学校に進学していた。勉学にもスポーツにも勤しみながら、心許せる友人もできた。その頃の史は、涼介と付き合った日々を、遠い日の情景だと思えるようになっていた。
ところがある日、高校の友人から、「『池田史さんを知っていますか? 知っているのならこれを渡してください』と言われて預かったよ」と、手紙を渡された。
表書きの氏名の字は、まさしく涼介のものである。史は突然のことで驚きながら、封をきった。手紙には、自殺しようとして思いとどまったことや、心を病んでいたが、このほど快復したことなどが書かれていた。そしてもう一度会いたいとも。史は静かに手紙を納めた。
〈中途半端な気持ちで涼介に接したことが、いけなかった。なぜなら、自分の気持ちがどうなのかはっきりわからないのにもかかわらず、涼介の熱い気持ちに応えようとしてしまった。さらに、ずっと消すことのできない心のわだかまりはなんだったのか。
【前回の記事を読む】突然握ってきた手をそっと握り返したあの日。そして、罪悪感を知ったあの夜…