第二ボタンいただけますか
今なら、それがわかる。同じ女性を悲しませてよいのか、このことだったのだ。母の言葉に救われたのだ〉そのように思えたからだ。史は、この先涼介に会うことは決してないと心に誓った。この涼介との出会いと別れの経験は、その後の史の恋愛を慎重にさせたといえる。
知之は、史が通う高校に隣接する工業高校に進学していた。近くにいるにもかかわらず、二人が顔を合わせることは、全くなかった。
高校三年生の春、中学校の同窓会が行われ、史も知之も出席した。背が高くなり男らしくなった知之に、史はすぐに気付いたが、近寄ることなく他の友人と談笑していた。
「史、久しぶり」
背後から知之の声がした。振り向く史。そこへ、知之の親友の邦夫がやって来た。
「やあお二人さん、仲良く付き合ってるんだろう?」
顔を見合わせる知之と史。
「知、第二ボタンは史に渡したんだろう? 史以外考えられないと言っただろう」
知之はどぎまぎしながら、「まずいなあ、ばれたか、もう昔のことだよ」
〈知之は私にボタンをもらってほしかったんだ〉史は初めて知之の気持ちを知った。二年ぶりの再会は、二人の距離を急速に縮めていく。
「史、どこの大学にいくつもり?」
「大阪よ」
「え! そうなのか、俺は京都だ、近いな」
「どの学部なの?」
「経済学部だよ、そのうち家業を継ぐことになるしな、史は?」