「史、就職先が決まったぞ、会えないか?」

「そうなんだね、よかったね! 会いたいなあ」

二人は、大阪のレストランにいる。穏やかな雰囲気が二人を包みこんでいる。

知之は、正式に告白するという決意を胸に秘めている。

「史、ちょっと細なったんと違うか? 苦労してるんだろうな」

「うん。病院実習が始まるしね。患者さんや医療スタッフときちんと対応できるか不安……」

「すごいなあ史。史なら大丈夫だあ。誰からも好かれるよ。いつも応援しとるぞ」

「うん。ありがとう。知のエールはいつも届いとるよ」

「ところで史、俺はその……実はあの……」

「あ、ところで知、会社ではどんな仕事をしてるの?」

史は、思わず知之の言葉をさえぎった。知之の次の言葉の意味を察したからだ。

〈知之の気持ちは嬉しい。でも自分の気持ちは今まだ中途半端だ。こんな気持ちでは、知之を不幸にしてしまうのではないか。自分の気持ちがはっきりするまでは、次の一歩を踏み出してはいけない〉遠い日のほろ苦い出来事がそうさせた。

知之も、史の気持ちに気付いた。〈今はその時ではないな。史、必ずいつか〉二年後、大学を卒業した史は、大阪の大学病院で薬剤師として勤務し、充実した日々を過ごしている。

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