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史は、涼介の気持ちに応えるかどうか悩み、なかなか返事をすることができないでいた。やっと一度だけ会うことを約束したのは、手紙を受け取ってから一か月後のことである。その頃の史は、涼介への気持ちがはたしてどうなのか、わかっていなかったのだ。約束の日、二人はドライブをした。
「史さんは、どの辺に住んでるの?」
「えーーと、町に一軒だけある酒屋さんから南に300メートル余り行ったところです」
「ああ、あの酒屋さんの近くね。いい町だよね」
「おだやかで人と人の繋がりが強いと思います」
「そうなんだね。ところで三年生になって勉強はどう?」
「どうって?」
「いや、楽しく学べてるのかな? 数学は好き?」
「数学は好きです。楽しいかと言われればどうかなあ。進学のために頑張らなければ」
車中での会話はどこかぎこちなく、史は車窓の景色に目をやりながら、〈こんなことをしてもいいのだろうか、やばいかも〉などと、少し後悔する一方で、〈見つめられるとなぜかどきどきしてしまう〉とも感じていた。約一時間車を走らせた頃に湖が見えてきた。
「湖だね、降りてみるかな」
「いいですね、私湖大好きなんですよ」
二人は車を降りて、湖のほとりをゆっくり歩き始めた。湖面を渡ってくる風がなんとも心地いい。史は深呼吸をした。
「気持ちいいなあ、空気が美味しい!」
「本当だ。空気が美味しいなんて初めてだ。素敵な場所だね」
「こんなきれいなところなのに、人が余りいないんですね」
「そうだね」
少し先を歩いていた涼介が立ち止まった。史が横に並んだ。美しい湖面、鮮やかな木々の緑、さわやかでやわらかい風が、二人の気持ちを解き放ったのだろうか。涼介が突然、史の手を握った。
〈え! どうしよう〉驚きながらそっと握り返す史。涼介は、史が手を握り返してくれたら、自分の気持ちを文面だけではなく言葉でも伝えようと思っていた。そっとではあるが、握り返してくれた。涼介は自分の気持ちを切々と語り始めた。
「君が好きだ、高校を卒業するまで待つよ。どうしても結婚したい!」
史はどう返事したらよいのか戸惑いながら、小さく頷いた。その時の史は、頭がよくて真っすぐな涼介に、もしかしたら恋をしているのかもしれないと感じたからである。
「史さん、これからも僕と会ってくれるね」
「……でも、本当にいいんでしょうか」
史は正直迷っていた。しかし、涼介の一途なまなざしが史の首を縦にふらせた。二人は、人目につかない場所で、週に一度は会うようになっていた。時には落差は余りないが景色が美しい滝周辺の散策。