死者の使い
丁寧で落ち着いた口ぶりと似つかわしくない強引ともいえる立ち振る舞いに、圧倒された男は断りきれなくなり、白髪交じりのボサボサの髪の毛をポリポリと掻きながら言った。
「まぁ、どうせ暇を持て余していたしな……。話だけなら聞いてやるよ」
「ご理解いただき、ありがとうございます。実は現在、地獄の世界は大変なことになっております。というのもですね、地獄は一度行ったら最後。二度と出られないのでございます。要は地獄の人口は増える一方、人口超過となっているのです。
このままでは問題だとなりまして、死者の世界では新たな階級を設けることが最近の法改正で決定致しました。現在あるのが現世の人々もご存じの通り、天国と地獄でございますが、その間に中間の階級を新設することになりました。呼び名は審議中で決定しておりませんが、ここでは仮に中間階級と呼びましょう」
紳士の説明に、一度は話を聞くと言った男も眉間にしわを寄せ、苛立ちを露(あら)わにする。
「黙って聞いてりゃぁ、訳のわからない話をしやがって。どういうつもりだ」
「まぁまぁ、慌てずに……。ここからが本題でございます。死者の世界としましては、この中間階級に入れる方を増やしていきたいわけです。あなたはめでたく、そのお一人に選ばれたということでございます」
「だから一体何なんだ。勝手なことばかりぬかしやがって!」
ついに男は大声で怒鳴った。しかし、紳士は顔色一つ変えずに続ける。
「いいのですか? このままでは、あなたは地獄行き確定です。あなたの行いは全て把握してございます。家庭を顧みなかった結果、子どもの手が離れてから奥様に離婚を言い渡され、以降は酒浸りの生活。ここまでなら地獄行き確定とまではいきませんでしたが、この先が問題でした。
あなたは事もあろうか、万引きをするようになった。しかも常習的にです。何度も警察沙汰になりながらも一向に改心する気配もない……。この時点で、あなたの地獄行きが確定致しました」
男は一瞬にして黙った。全て事実なのだ。フッと息を吐き、何かを悟ったかのごとく遠くを見つめて言った。
「どうせ老いぼれていくだけの身。何の希望もない。別に地獄行きでも、どうでもいいさ」
「こちらをご覧になっても、同じことが言えますか」
紳士はそう言うと、胸ポケットから写真を取り出し男に見せた。それは、まるでゾンビ映画のワンシーンのような写真だった。ドロドロとした地面を、血の気のない人々が苦しそうな表情で這いつくばっている。