「ぐっ……」
あまりの悲惨な情景に男は言葉が出なかった。
「地獄へ行くということは、これが永久的に続くということです。どうでもいいなんて軽々しく口にするものではございません」
男はギュッと口を閉じる。
「しかし、新たにできる中間階級は異なります。今、あなたが住んでいるような現世に似ているのです。しかもですよ、そこで徳を積めば、天国への昇進も夢ではございません。
ちなみに、天国では穏やかな時が流れ、心地のよい暮らしが可能でございます。順番が回ってくれば、いずれは生まれかわり、別の人生がスタート致します。あなたにとって、悪い話ではございませんよ」
男はしばらく黙り込んでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「それもそうだな。その話、乗らせてもらうよ」
「賢い判断でございます。しかし、このままではあなたは中間階級には行けません。まずは、常習化している万引きをやめ、真面目に一日一日を積み重ねていくこと。それをせずに、中間階級に行けるわけがありません。今のままを続ければ、あなたは確実に地獄行きとなりますよ」
そう言うと、紳士は少し顔を上げた。目深に被っていたハットの隙間からチラリと見えた眼光は赤く不気味に光り、まるでドラキュラのような鋭さであった。男はひるみ、瞬時に目をそらした。
「全てはあなた次第でございます。健闘を祈っております。それでは失礼致します」
深々とお辞儀をし、コツコツと足音を響かせ颯爽と去っていく紳士を見送った男は、パタンと扉を閉めて大きく深呼吸をする。鼓動がいつもよりも激しく波打っているようだった。
以来、男は万引きをやめた。いや、実際には何度かやってしまいそうになったが、その度にあの日に見た地獄の写真や聞いた言葉が頭をよぎり、手が止まったのだ。そんなことを繰り返しているうちに、男の生活から万引きが消えていった。