プロローグ
藤江機関長は昨年四月、第三管区海上保安本部横浜海上保安部所属最新鋭の巡視船『よこはま』から、村上通信長は第四管区海上保安本部警備救難部通信課からそれぞれ巡視船『あきづ』に転勤してきた。
藤江は青木を見ながら思っていた。噂できいていたが、この男が海上保安庁最強といわれる男なのか。数回船内の風呂を同席したが、鍛えあげられた肉体を保持している。過去展開した格闘の歴史の証明なのか、右わき腹に幾筋かの太い切創痕がある。
三管区での活動の実績はないが、六管区や七管区で謎の活動をやり遂げる男として名を覚えていた。村上通信長は、業務班が同じでありその身体が歴戦を象徴していることを認めていた。
通信長がなにか言おうとして青木の前にでかけたところを増田が制止した。そして小声で村上にささやいた。
「通信長、いま、青木は化け物退治前の精神統一を図っている。嵐の前の静けさを求めているのだろう」
「了解」
船橋の船舶電話が鳴る。航海当直が電話を取り、後部をふり返る。やがてMH五百三十二が上空に飛来するだろう。席を立つ青木を見ている仲間たち。青木を必要とする事件なのか。今度はどのような犯罪組織なのか、からむ女が現われるのか、航海長の増田は背中を見ながら含み笑いをしていた。
女がからむ事件とはいったいなんなのか。いつものことながら平然とやり遂げる男……青木ボースン。街に散見する並の女では似あわない。きっとボンドガールなみの女だろう。増田が声をかける。
「青木頼んだぜ……」
「わかりました……」
午前六時三十五分船橋の船舶電話が鳴った。当直の航海科の海上保安官がでる。それによると、ピックアップのヘリは広島航空基地のMH六百五十三に変更したとのこと。パイロットは合田らしい。青木の海上保安学校の同期生である。迎えは六区広島航空基地の合田パイロットなのか。
増田は青木を見つめながら思っていた。いつもの同期生が来るのか。闇から闇に動く謎の男のドラマはすでに同期たちによって脚本化されているのだろう。
青木を吊りあげて、機内に収容しそのまま六区松山に飛行するとのことである。MH六百五十三はすでに日ノ御埼沖合に到達しているとの情報があった。もう六区広島のヘリが飛び立っていたのか。数分後、和深崎方面の上空にMH六百五十三の機影が確認された。