プロローグ
平成十一年十月二十八日午前六時十五分、海上保安庁中型巡視船『あきづ』は、紀伊半島最南端の潮岬沖合を航行していた。
京浜・中京港むけの大型コンテナ船が行き合う。大阪湾や瀬戸内海コンビナート地区への中型、小型タンカーが行き合う。東京湾、大阪湾や瀬戸内海への物資輸送のため、大小の船舶がここを目指してくる。
本州最南端の潮岬沖は船舶の東西交通の要所でもある。航海科の当直士にとってはほかの船舶との見合い関係を的確に判断し衝突事故を未然に防止し、安全航海を期するため緊張する海域でもある。
はるか東の空、中層雲の隙間の水平線に輝く朝陽が昇る。先任当直士と操舵する海上保安官の号令が飛び交い、先任当直士が指示をだす。
「面舵七度(右にまわる)……」
操舵手が復唱し、ジャイロコンパスの指示方位を報告する。
「面舵七度……二百五十度……二百六十度……二百七十度……二百八十度……」
見張りが右舷後方の状況を報告する。
「右舷後方よろしい」
「もどうせ……」
「もどうせ……舵中央。二百八十度」
「二百九十五度ようそろう……」
「二百九十五度ようそろう……」
取り舵面舵を調整しながらジャイロコンパスの示度を注視し指示針路に定針する。ジャイロコンパスを見ながら針路を合わせる。横ゆれの動揺に身体を合わせ保持しながらの操船も思うようにいかないこともある。
「ようそろう……二百九十五度」
潮岬から二百九十五度の針路は巡視船『あきづ』母港の田辺沖にむける針路である。