第一章 ミス大洲の夏
「確かに忙しいかも知れないわ。でも、それを気にしていたらなにもできない。前にも進めないわ。所在だけでも……いいえ、もう一度その男性に逢いたいの。その男性とのひと夏の思い出がほしいの」
「そうなの。ひと夏の思い出ですか……恵利子さん。本番の夏がすぎて夏の終わりになっているから。すこしセンチメンタルになっているんじゃないの?」
「いいえ、違うわ。なんていうか、恋愛対象でないような気もするし、一緒に過ごしたい。そばに寄り添っていたいような時間がほしい気がするわ。いろいろと考えるけど、なんていうのか言葉ではっきりこうですと言い表せないけど、いまの彼やわたしをとりまく男性たちとは次元が違うような気がするの。その男性への思いは」
「そのように思っているの。寄り添っていたいの。清楚な温かい感じのする思いね」
「毎日なにもなくて平凡に過ごしてきたけど、ミスに選ばれてからは確かに忙しかったわ。イベントに借りだされ出逢った男性も数多くいた。そのなかにはいいと感じた魅力的な男性もいたのは確かよ。でもいまの彼を忘れたことはなかった。
しかし、あの男性に出逢ったとき、わたし自身の立場を忘れさせるほどに心が動いた。その笑顔が強烈に心のなかに入りこんできたのよ。インパクトがおおきすぎたと思っているわ。なにか戸惑わせるような知らない世界に引きこむような感じがしたわ。勝手な思いなのはわかりきったことですけど」
裕子は真剣な眼差しを見せて話す恵利子に感動していた。出逢いの感性なのかしら……いいほうに考える感性なのか。しばらく恵利子を見つめていた。
「恵利子さん、一緒にその男性をさがしましょうよ。わたしも協力するわ」
「裕子さん、いいのですか。休めるのですか?」
「絶対に休むわ。そのような感性で男性を見る。恵利子さんを惑わせて強烈に引きこむ魅力のある男性をわたしもしっかり見届けたいわ」
魅力のある男性をしっかり見届けたい? 話にきくと、裕子さんにもすてきな恋人はいることは知っている。どのような恋人かは知らないが、その男の顔を見ればハンサムで大男。海上保安官である。
ガーン……裕子さんの横恋慕の情景が浮かんだ。裕子さんがわたしを差しおいてその男と楽しく話をするのを……そして惹きこまれる。これではいけない……裕子さんに言う勇気がすぐに湧いた。
「でもね……裕子さん、横恋慕はだめよ」
「はい、はい。わかっていますわ」
所在だけでも確認したふたりはごきげんだった。午後のイベントも無事に終わり、ふたりはそれぞれの観光協会や市の職員とともに大洲市と松山市に帰っていった。