MH五百三十二はすでに到着して上空で待機している。ターボプロップのエンジン音がうなる。まもなくMH六百五十三が現場海域に到着した。MH五百三十二のクルーは『あきづ』を周回し、手をふって潮岬西方の海域から離脱した。時計は午前六時五十分を示していた。

『青木主任航海士がMH六百五十三に移乗する。HR部署配置につけ……繰り返す』増田の声が船内に響き渡った。警戒用の高速警備救難艇がすみやかに本船から降下され所定の警戒配備についている。青木は船の幹部に言った。増田がこたえる。

「じゃ、行ってきます……」

「気をつけて……」

青木はOIC後部出口から船外にでた。針路二百九十五度機関指示両舷微速速力七ノット制定。MH六百五十三が船尾方向百メートル高度百フィートに占位した。針路を制定し速力を次第にゆるめて、ゆっくり『あきづ』の船尾に進入する。

うなるエンジンの音が高くなる……ダウンウォッシュの風が船尾を包みその付近海面が飛沫(しぶき)をあげる。やがてホイストラインがおろされた。救難服に身を包み、縛帯を締め、左舷船尾甲板上で待機している。MH六百五十三が左舷船尾上空五十フィートに占位する。高度約十五メートル巡視船『あきづ』との相対速力がゼロとなる。

赤い縛帯に取りつけられたカラビナにホイストフックが取りつけられた。上空を見あげながら親指を立てた右腕がまわる。吊りあげ開始OKの手信号である。ヘリのホイストマンが状態を確認しホイストラインが引きあげられる。

午前七時〇〇分青木の身体がデッキを離れ宙に浮く。身体が甲板サイドのハンドレールチェーンをかわしたところでヘリが斜め上空に高度をあげ離れる。ダウンウォッシュの風を受け機体に近づき、やがて機体のなかにはいった。そのままMH六百五十三が横にスライドし『あきづ』からおおきく離れた。

機首を低くして西北西に針路を取った。やがておおきく迂回して『あきづ』左舷側を低空で飛行し西の空に飛び去った。左舷船橋に増田以下当直員が手をふっていた。ヘリの小窓から青木は手をふってこたえていた。

【前回の記事を読む】海上保安庁最強といわれる男、青木。救難服に身を包んだ冷酷非情な人間