第1章 バーカー仮説
2│バーカー仮説(成人病胎児期起源説│Fetal Origins of Adult Disease, FOAD)
そして、1968~78 年にイングランドで心筋梗塞死亡の地域別頻度を示した地図と、1921~25年の新生児乳児死亡率の頻度を示す地図を重ねて、高頻度の地域がピタッと重なったのを見て、バーカーにあるひらめきが起こりました。
すなわち、妊娠中に母親の栄養状態が悪く、胎児に十分な栄養が行き渡らない場合、新生児は出生体重が小さく、また、死亡率が高いと考えられます。一方、生き延びた児は、60~70年後に心筋梗塞を発症しやすくなったのではないかということです。
1986年、バーカーは、研究の成果をまとめて、後年の心筋梗塞や高血圧などの生活習慣病の芽が、すでに胎児期に発生しているという、にわかには信じがたい論文をLancet誌に発表したのです(注1。
次のステップとして、バーカーは研究所の同僚たちと、古い出生記録の残る病院と地域の記録を調査し、出生体重と成人の死亡診断書の関連を調べる研究に着手しました。
1980年代に、ハートフォードシャー(Hertfordshire) の記録に出会い、バーカーの研究は大きな転換点を迎えました。ハートフォードシャー郡の1911~1930 年の記録には、詳細な出生、成長記録が残されていました。児の名前、母の住所、出生日、出生体重、助産師の訪問記録、幼児期の食事内容、1歳までの体重測定などです。
バーカーらは、郡当局の許可を得て、この膨大な資料をサウザンプトン大学に運び、コンピューターに入力しました。
心筋梗塞による死亡率を出生体重ごとにみると、体重が小さくなるとともに死亡リスクが上昇しました。すなわち、出生体重と心筋梗塞死亡率の間に、明確な関連のあることがわかりました(注2(注3。
また、第2次世界大戦の「オランダの飢餓」時に生まれた児が19歳になって軍に入隊する際の検診で、対照と比べて肥満が多いという報告もありました(注4。
これにより、母体の低栄養のため子宮内で十分な栄養を得られなかった胎児が、将来、肥満やそれに関係する心疾患などを発症することの傍証になると考えたと思われます。その後、バーカーは、出生体重と虚血性心疾患の関連性はスウェーデン、フィンランド、アメリカなどからの報告にもあったことを知り、自分の考えに自信を持ちました(注5(注6。