この説はバーカー仮説(胎児プログラミング仮説)と呼ばれていましたが、のちに成人病胎児期起源説(Fetal Origins of Adult Disease〈FOAD〉)と呼ばれるようになりました。

ここで、「成人病胎児期起源説」を、もう少し詳しく医学的に説明してみます。

胎児期において、器官や臓器が形成される時期に、ストレスや障害(酸素不足、感染、タバコ、薬物など)が加わると、将来の病気(心筋梗塞や糖尿病などの成人病)のリスク因子となります。

すなわち、胎内の環境が変化すると、エピジェネティクス(epigenetics)と呼ばれる遺伝子の修飾が起こります。

それは、遺伝子のDNA配列の変化はないままで、メチル化、アセチル化という化学修飾を起こし、その結果、遺伝子の発現に影響を与えることです(注7。これがヒトの健康状態を左右する素因(糖・脂質の代謝異常など)を形作ります。

また、肝臓、腎臓、心臓などの臓器の発達を妨げます。その影響は高齢者になるまで続き、また世代を超えて、子どもに、また孫にまで影響することがわかってきました。

3│バーカー語録( 著書『The Best Start in Life』より)

バーカーは、500以上の研究論文を著していますが、一般市民向けに彼の学説をわかりやすく解説する啓発本も多数出版しています。2003年に出版された本のタイトルは『The Best Start in Life』で、これは2005年に福岡秀興監修・藤井留美訳で日本語版が出版されました。日本語版のタイトルは、『胎内で成人病は始まっている~母親の正しい食生活が子どもを未来の病気から守る~』です(注8

バーカーの著書のタイトルは、直訳すれば「人生における最良のスタート」です。ヒトは健康な赤ちゃんを生むために、妊娠前から十分な栄養をとって出産に臨まなければなりません。これは生まれた子が健康な人生を送る最良のスタートにつながります。逆に言えば、スタートにつまずけば、将来、いろいろな病気が待ち受けているということになるでしょう。


(注1 Ravelli GP, et al. Obesity in young men after famine exposure in utero and early infancy. N Engl J Med 1976; 295: 349-353.

(注2  Roseboom T, et al. The Dutch famine and its long-term consequences for adult health. Early Hum Dev 2006; 82: 485-491

(注3  Bleker LS, et al. Cohort profile: the Dutch famine birth cohort (DFBC) a prospective birth cohort study in the Netherlands.

BMJ Open 2021: 11: e042078

(注4 Susser E, et al. Neurodevelopmental disorders after prenatal famine. The story of the Dutch famine study.

Am J Epidemiol 1998; 147: 213-216.

(注5 Susser E, et al. Schizophrenia after prenatal exposure to the Dutch Hunger Winter of 1944-1945.

Arch Gen Psychiatry 1992; 49: 983-988

(注6 Hoek HW, et al. The Dutch famine and schizophrenia spectrum disorders. Soc Psychiatr Epidemiol 1998; 33: 373-379

(注7 Neugebauer R, et al. Prenatal exposure to wartime famine and development of antisocial personality disorder in early adulthood.

JAMA 1999; 282: 455-462

(注8 Brown AS, et al. Further evidence of relation between prenatal famine and major affective disorder. Am J Psychiatry 2000; 157: 190-195

【前回の記事を読む】「バーカー仮説」を提唱したバーカーとは何者か?生物に深い興味を持った小学生時代