第1章 バーカー仮説
20世紀末に、イギリスの著名な疫学者デイビッド・バーカー(David J.P.Barker)は、「バーカー仮説(成人病胎児期起源説)」を発表し、医学界に大きな議論を巻き起こしました。従来、生活習慣病は、成人期の乱れた食習慣、生活習慣によって発症すると考えられていましたが、バーカーはイングランドの疫学調査から、妊婦の栄養不足による胎児期の発育不良が、将来の生活習慣病発症に関係すると報告しました。
当初、多くの批判にさらされましたが、21世紀初頭には、これがドーハッド(DOHaD)学説に発展し、生活習慣病発症の概念を変える新たな学説として、世界に認められるようになりました。
1│バーカーのプロフィール
イギリスを代表する新聞ザ・ガーディアン(The Guardian)は、バーカーの訃報を次のように伝えています(注1)。
"医師で疫学者のデイビッド・バーカーは、75歳で死亡した(1938.6.29~2013.8.27)。彼の提唱した学説は当初、賛否両論があった。しかし、今日では、広く世界中で認められている。すなわち、よく見られる慢性疾患、例えば、がん、心疾患、糖尿病などは、遺伝子や非健康的な生活習慣で起こるのではなく、子宮内、あるいは出生早期の不健康な環境に原因があることを明らかにした。(以下、省略)"
バーカーの娘のメアリー(Mary Barker、サウザンプトン大学心理学教授)らは、彼の生い立ちから生涯にわたる業績について、詳細に報告しています。以下に、そのプロフィールを示します(注2)。
"デイビッド・バーカーは、1938年にロンドンで生まれました。父はエンジニア、母はチェロ奏者でした。
小学校では生物学教師の指導で、自然と生物に深く興味を持つようになりました。少年の頃は、悩める人々を救いたいと、宣教師か牧師になる夢を抱いていました。長じて医師になることを志し、GUY’s Medical School(1956年入学) で学びました。
在学中1年間休学し、人類学、比較解剖学、胎児学、哺乳類生物学などを研究しました。この時期に最初の論文をNature 誌に発表しています。マウスの動物実験で、骨形成に対するテストステロンの影響について報告しています(注3)。