【前回の記事を読む】母の死を思い出したら、絵を描けなくなるかもしれない。でも、上手に断る術はない。僕は逃げている。体温が下がっていくのを感じ…

エゾギク

「ああっ、さては颯斗くん。描くの久しぶりだからうまく描けるかビビってるな! 大丈夫だって。もし颯斗くんがへたっぴだったら私が代わりに描いてあげるから。任せといて!」

「何言ってんの、余裕だよ。それに、あかりが描いたんじゃ、誰も親花祭に来なくなるから絶対やらせない」

「ちょっ! 待ってそれは失礼すぎる。桜井先生なんか言ってやってください!」

いつの間にか、あかりに対して軽口を言えるまで心の状態は戻っていた。

「ははは! 二人は本当にいいコンビだね。じゃあ矢崎くん、悪いけど頼めるかい? まだ先の話だけど、九月くらいまでには、一度どんな絵を描くか教えてもらえると嬉しい」

「了解です!」

「なんであかりが先に了解するんだよ」

あははっと、あかりが笑った。その無邪気な笑顔が僕の心を覆って、頬を少し赤くしたような気がした。この間に続いて、また助けられてしまった。少し悔しいけれど、他のメンズ同様、彼女を異性としても見ている自分に気づく。

桜井先生がいなくなった後、二人で片付けをしながら、あかりに先ほど感じた違和感を聞いてみた。

「にしても、あかりってなんで先生と話す時、いつもよりさらにめっちゃテンション高くなるの?」

いたずらをしたのがバレた子供のように、ドキリという表情を見せたあかりが、小刻みに震え始める。自分の感情の芽生えとは真逆の性質の、得体の知れない黒い塊が、突然現れた気がした。

「え、ごめん。俺なんか変なこと言った?」

「あ、ううん。ごめんね。なんでだろう。防衛本能……かな?」

僕が「どういうこと?」と問いかけても、それ以上あかりは答えなかった。お詫び唐揚げの約束も忘れたのか、彼女は予定があるからと先に帰った。