「ありがとうばあちゃん。呼んでくれたら取りに行くから、無理して階段上がらないでね」
「まだまだ現役よ。どうだい? 絵は何か思いついたかい?」
桜井先生との放課後の顛末は、祖母に簡単に話していた。僕が絵を描くことに驚くと思ったけれど、思いの外言葉少なく冷静を保っていた。ただ、言葉数に反して笑みを浮かべていたのは、少し嬉しかった。祖母のそこまで幸せそうな表情は、ここ数年見ていなかった。
ちなみに、あかりのことは話していない。あかりに関して追及を受ければ、絵のこと以上に説明に難渋する未来が見えていたからだ。あかりに対しての感情と向き合うことが、僕をなんだか表現できない恥ずかしい気分にさせるから、というのが一番大きな理由かもしれない。
「ぜーんぜんっ! 桜井先生さ、ひどいんだよ。お題は自分で考えてくれって」
祖母を見ると、予想外の真剣な面持ちをしている。僕は思わず目を見開いた。
「颯斗、覚えておきなさい。誰のためにやるのか。それを見つけることが何より重要なんよ。人は不思議な生き物でな、自分のためだけに、ありのままに生きられるほど強くないんよ。ええか、このことは決して忘れたらあかんで」
先日あかりが僕に見せたような、真剣で鋭い眼差しだった。皺のある目尻は、表情に威厳を乗せ、言葉の重みを強調しているように思えた。
「ばあちゃんどうしたの? びっくりした」
祖母はそれ以上何も言わなかった。僕の肩を撫でるように摩り、部屋を出ていった。その時には、もういつもの温柔な微笑みに戻っていた。
次回更新は8月7日(木)、21時の予定です。