三 物語のプロローグ
一年で一番清々しい季節となりました。四月末から五月連休明けまでの薫風香る(注釈1)わずかな時期です。外を歩いて新緑の木々の息吹きを感じていると、一緒にこの土地に移住した生き物たちのことを思い出します。
同じ生き物として、この里山の土地で一緒に生きているんだと、まさにタゴールの(注釈2)「われ存すということが不断の驚きであるのが人生である」、という詩(注釈3)の思いに通じます。
自然の息吹きを感じて、そしてそこに生きる生き物の姿を眺めて、自分が生きていることの存在が分かり悦びになります。ぎんちゃんは、その百年前の詩人の気持ちを共有できたと思っています。
ぎんちゃんがこの里山生活を決意したのには、複雑な理由があります。もちろん、自然環境を生き物たちと取り戻したい、という究極の目的があるのは確かでした。だけど、これだけでは移住する決断を決定付けられませんでした。今までのサラリーマン時代の悩み抜いた生活をリセットしたい、という遁世(注釈4)のためなのかもしれません。
自然環境再生に取り組みたい、という前向きな美しいことばかりを語っても嘘になります。ぎんちゃんが行動を起こす本質的なところから話を進めたいと思います。
この土地に移住してから駆け抜けるように五年ほどが過ぎ、やりたいと思っていることの基礎がやっと整ったというところです。毎年、里山の様子を観察しているので、手を加えて良い場所が分かってきて少々安心しています。