ぎんちゃんは、何も言わずに笑ってます。しばらくすると、薄暗闇の木陰からタヌキさんが顔を出します。
「昼間から騒がしいと思ったら、ぎんちゃんと柴犬さんかね。柴犬さんの父さんの墓参りかい。犬には墓なんてないだろうけど」
柴犬さんは、タヌキさんに何を言われても平気なので、淡々と言います。
「五年前の父さんを想像していたのさ。苦労したようだから。あの頃の森もこんな静かさだったのかな」
ゆったりとした時が過ぎて行きます。ぎんちゃんがタヌキさんに静かに言います。
「この前の質問の回答を持ってきたよ。少し横になって話をしないかい。ここは木陰で涼しくていいや」
タヌキさんは、すっかり前の話なんて忘れてます。
「なんだっけ。ぎんちゃんが毎回いっぱい話をするから、分かんなくなってきた。だから簡単に聞いたんだよ。何がしたいの、何を求めて生きているんだってね」
ぎんちゃんが思い出しながら、ゆっくりと話します。
「この里山に移住してきた頃は、夜中に皆と話をして、すっかり舞い上がって楽しんでばかりで、自分がやることをすっかり忘れていた。このまま、皆と楽しく夜を過ごしていれば良いかと思っていた」
ぎんちゃんが続けます。
「話をすればするほど寂しくなっていたんだよ。皆の慟哭が心にグサッと刺さるような気持ちだった。イノシシさんの仲間が猟犬に追われて、その後、銃でズドーンと撃たれて死んでしまう話とか。何も悪いことしていないのに、理不尽でしょうがない話だった。多くなった人間が、少数となった生き物を邪魔者扱いにする。本当に心苦しかった」
注釈1 薫風 明鏡国語辞典
(若葉のかおりをただよわす)さわやかな初夏の風。「薫風の五月」
注釈2 タゴール 広辞苑
インドの詩人・思想家。ベンガル固有の宗教・文学に精通。欧米の学を修め、インドの独立・社会進歩・平和思想・東西文化の融合のために闘う。小説「家と世界」「ゴーラ」、詩集「ギーターンジャリ」など。ノーベル賞(1861~1941)
注釈3 タゴール詩集 彌生書房 抜粋
なお、筆者はタゴールのこの言葉の解釈において、「大谷大学HP 教員エッセイ 読むページ 今日のことば 2006年1月」を参考にさせて頂いた。
注釈4 遁世 明鏡国語辞典 抜粋
俗世間の煩わしさから逃げて隠棲すること。