花の棘
次の休日は晴れ上がったので、よし子は隣のターミナル駅まで買い物に行くことにした。
かなり人出のある駅前で、信号の変わるのを待っていた。
何気なく停車している車を眺めたら、フロントグラス越しの助手席に、女の子が座っていた。あの子だ。男の子に追いかけられて、けがをした子。
外に立つよし子と目が合った。けんかを止めてくれた人だと気がついたようだ。
驚いた表情になり、運転席に話しかけた。
運転席には孝介がいた。女の子が孝介に興奮した様子で話しかけている。
孝介がこちらを見た。よし子と目が合った。女の子はまだ話し続けている。
孝介は前を向いた。渋滞していた車がゆっくりと進んでいった。
あちこちで夏祭りが話題にのぼる季節になった。
よし子の店にも鳶衆(かしら)が来て町内揃いの提灯と紙垂(しで)のついた縄を張っていった。
よし子は装った店構えをちょっと遠くから眺めた。それからもう一度箒を使い、水を打って盛塩をした。お囃子が遠くから聞こえてくる。
なんとなくウキウキするのは子どものときと一緒だ。最近は人波にもまれて縁日を冷やかすこともしなくなったけれど。
浴衣姿の若い娘が通りかかり、よし子に向かって会釈をした。着つけないぎこちなさが却って初々しい。
似合うわよ、と声をかけると笑顔になった。
そういえば孝さんとお祭りに行ったっけ。
娘さんに金魚の浴衣を見立ててあげた。そうして私も浴衣を買ってもらったのだ。
不意によみがえった思い出に気持ちが湧き立っていった。
店の準備が終わったところで二階に上がり、浴衣を取り出した。紺地にトンボが染め抜かれ、流れるような白い線が涼風の風情だ。
浴衣のことなんて孝さんは覚えていないだろうな。からし色の半幅帯(はんはばおび)を貝の口に結んで、抜いた襟をもう一度鏡に映してみた。
七時を回ったころ、地元の幼馴染が揃って現れた。
子どもたちも友達同士で出たとかで、みんな昔の顔に戻っている。
「よし子ちゃん、今のうちにお参りに行ってきたら? 私たちで店番してるよ。帰ってきたらみんなで飲もう、それまで待ってるから」
二人ほどが残り、あとは連れ立って出かけることにした。
浮かれ気分で金魚すくいをやったけれど、みんなすぐに破れてしまって、二匹だけ袋に入れてもらった。
本殿に着いて賽銭を投げて手を合わせる。何を願おうか、とりあえず商売繁盛、健康祈願、それから、願いたい人の顔が浮かんでくるけれど、それを願ったら不幸になる人ができる。
よし子は思いを追い払うように目を閉じる。いやだわ、浴衣なんか着たせいで変なことを思う。
お参りを終えて体を回したら、後ろに立っていたのは、追い払ったはずの人だった。