【前回の記事を読む】譜面台にかけられていたシューマン「幻想曲」楽譜を開くと一筆箋が挟まっていて…

主題ハ長調

みなとみらい

店を出ると街のひんやりした空気がのぼせた脳に心地良い。帰りはその足でランドマークタワーに戻った。

家でも愛用している国産ピアノのフェアが開かれていて、ここでも和枝が試弾の時間をもらっていた。このメーカーの、今家で使っている型よりひとつ大きいモデルを買おうと考えていて、特別仕様のものも含め五台の新品グランドピアノを弾く。訪れる順序が後先になってしまったが、この日の一番の目的は、ショパン国際ピアノコンクールでも定評があり、進化を続けるこの国産メーカーのピアノの魅力を確かめることにあった。

最初からここのピアノ以外は選択肢になかったのだが、フェアでの試弾予約の電話をした和枝に、ふと

「スタインウェイってどんな感じなのかな」

と廉が聞いた。コンクールや演奏会の舞台で弾いている和枝が

「そりゃ……、もう……。でもいくらするか知ってる?」。

話はそこで終わりかけたが、廉の方が

「でも、ちょっと、音だけでも国産と聴き比べてみたいな」

と粘ったため、この日の新高島ピアノサロン行きが実現していた。そして国産ピアノフェアでもさすがに「極上」の音も聞こえてはきたが、小一時間前に数小節聴いただけでノックアウトされたスタインウェイの音色の余韻を上回るものはなかった。