【前回の記事を読む】今日妻が入院する――病院までエアコンの送風音だけが車内を満たす二人だけのドライブ
主題ハ長調
重たい質問
小学校に上がった年の夏。じっとしていても汗ばむ夕方、まだ日のあるうちに早々と風呂に入れられ、糊の効いた浴衣に着替えさせられた。
自宅の居間にはいつの間にか親戚一同が集まっていて、皆揃って最上級の笑顔で廉を迎えた。
姫路城、ドイツ軍の戦車、ウルトラ怪獣のプラモデルと絵本をもらい「廉、がんばれよ」「すぐ退院できる。ちょっとの辛抱だよ」と励まされ、正直悪い気はしなかった。
母親の涙は気になったが「少しの間なら何とか辛抱できる。楽しみでないこともない」とちょっと強がってもいた。
翌朝早く越後線・寺尾駅から、いつも通学で乗るのとは反対側のホームからディーゼル列車に乗って新潟駅まで行き、お昼前には小児療育センターの玄関にタクシーで乗り付けていた。
そうなのだ。入院の日はやけにすたすたと事が運んでしまうものなのだ。心のざわつきに大きな蓋を被せたまま。左半身、特に脚部に麻痺が見られる廉。
小児療育施設への入院は、原因の究明はもちろん、これから本格的な成長期を迎える彼の運動能力を伸ばすのが大きな目的だった。
さらに小学校入学後、すぐに入院を余儀なくされた廉を預ける両親にとっては、院内に学習施設の受け皿があるというのが何よりの安心材料だった。
初めての診察でベッドに横になった小さな廉に、主治医の佐藤先生は「かけっこ速いか」とまず尋ね「いいや」と答えが返ってくると「そりゃ悔しいよな。よし、速く走れるようになろう」。