そして「ママ、ファイト!」と書かれた手紙が出てきた。和枝は手紙の文字を追い、その安眠グッズであるくしゃくしゃの毛布カバーの切れ端を抱きしめながら、振り絞るように泣いた。

夕方、和枝と廉は本館一階の喫茶室に寄った。一杯のコーヒーとオレンジケーキを二人で分け合った。

「じゃ、よろしくお願いします、廉」

「和枝に負けないように、遥と暮らしていかないと」

「そうよー、ちゃんと暮らすのよ」

和枝の笑顔が眩しかった。

病院からの帰路は圏央道、下道とも大渋滞に引っかかり、通常四十五分のところをたっぷり二時間かかった。

家では和枝の姉の真咲と、その娘で大学生の綾が掃除やキッチンの片付けまでやってくれ、遥と一緒に晩ご飯も済ませてくれていた。気が付くと和枝からメールが入っていた。

「きょうはありがとう。あのあと高井先生が来て、今日の検査はすべて結果良好ですって。じゃあ店じまいします。おやすみね~」

廉は翌日から特別に休暇をもらうことになっていた。

一週間前、平林家に持ち上がった一連の出来事を、廉が所属長の時村編集長に報告したところ、「仕事のことはおいおい考えましょう。とにかくすぐに全力で奥さんのサポートに入ってください」と即答されたのだった。

管理職としてはどこまで許可を出せるか、部内の要員状況を勘案する時間が必要なはずだ。でも時村さんはとにかく即答してくれた。しかも真っ先に妻の病状を案じて。

廉には、人の言葉としてそのありがたさが心に沁みた。

 

本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

【イチオシ記事】ずぶ濡れのまま仁王立ちしている少女――「しずく」…今にも消えそうな声でそう少女は言った

【注目記事】マッチングアプリで出会った男性と初めてのデート。食事が終わったタイミングで「じゃあ行こうか。部屋を取ってある」と言われ…

【人気記事】「また明日も来るからね」と、握っていた夫の手を離した…。その日が、最後の日になった。面会を始めて4日目のことだった。