グラスに注がれた赤ワイン
一平は、ハウスの仕事をしながら、夜は小さなスナックを営んでいる。僅かカウンター5席の店である。秀一が訪れたのは、優香と別れて数時間後のことだった。
「いらっしゃい、おう秀一か」
秀一は頷いて一番奥の席に座った。一平は、秀一のいつもと異なる雰囲気をすぐに感じ取っていた。
「秀一、話したければしゃべれ、話したくなければ黙ってろ」
秀一は、一平の言葉に胸が熱くなり、自分の過去や失恋したことをどうしても聴いて欲しくなった。東京の職場での出来事、いろいろな土地を訪ね歩いたこと、この土地に根をおろしたくなったこと、優香さんが好きだったことを話した。一平は肯定もせず否定もせず、ただ聴いてくれたのだ。
〈黙って相槌を打ってくれるだけで、こんなにも心が解き放たれるなんて〉。
秀一は、初めて知ったのだ。しみじみしている秀一の前に、ワイングラスが置かれた。赤ワインが注がれる。
「うん? 注文してないぜ」
「俺からのはなむけ!」
一平は、ボトルのラベルを見せながら、「シャトーシャススプリーン」と発音した。
「フランス語で『憂いを払う』という意味だよ」
秀一は、グラスを手に取り一回しした。果実の香りが立ち、深いルビーレッドの色が美しい。一口含み「濃厚だ。う~んいいね!」。
それから実にゆっくりとゆっくりと味わうのであった。秀一は、憂いを払い、次のステージに向かうために、高知の地を離れることを決意した。
松山市駅行きのバスに乗った秀一は、ミニトラックの窓から手を振る一平を見つけた。秀一は両手を振って応えて思わず言った。
「ナイスガイだな~一平!」