第二部 カフェ「MICHI」が誕生してから

【二人目の女性の物語】「赤いくつ」の歌

■才能が花開く時

やがて公園に着いた。舞ちゃんは、眠そうな顔をして、「赤いくつ は~いてた……」と小さな声で歌っている。綺麗なお花や木漏れ日に癒されていると、犬がやってきた。

真っ白な小型犬である。日頃何事にもほとんど関心を示さない舞ちゃんが、じっと見ている。

「犬」。もう一度「犬」。紗莉は舞ちゃんの顔を見ながらゆっくり言ってみた。舞ちゃんは「いぬ?」と発音したのだ。

「そうよ  舞ちゃん、犬よ」

しかし、舞ちゃんはもう異なる世界に移ってしまったようだ。

舞ちゃんは、色にこだわる傾向があるようだ。特に赤、緑に執着しているように感じられる。

帰宅してから、画用紙に盛んに色を塗っている。赤と緑、いつもこの二色であるが、今日は、違った。白が使われているのだ。もしかしてあの犬の色かもしれない。三色になったことで、今までにない感動を覚える作品に仕上がっている。

舞ちゃんの才能が静かに花開くようであった。紗莉は、母に依頼して療育園にこの絵を届けてもらうことにした。

それから数か月後のある日、舞ちゃんと帰宅した母の笑顔がはじけている。

「この間届けた舞ちゃんのアートが、入選して美術展で飾られることになったのよ」

「本当! 舞ちゃん、よかったね」

喜び合う紗莉と母を見て、舞ちゃんも少し微笑んだように見えた。

■奇跡の再会

今日は朝から雨の日曜日。雨の日は、傘を差しかけてくれた男性のことをふと思う。最も苦しい気持ちでいる時に、ぽっと心に灯りをともしてくれた。思いやりが心に沁みた。この感謝の気持ちを何とか伝えたいのだ。

「名乗るほどのもんじゃござんせん」

時代劇の台詞? みたいなことを言って、立ち去ったあの男性は今頃どこでなにをしてるのかしら。役者? まさか。紗莉は〈もう一度会えたら……〉などと思っていた。

やがて雨があがり、舞ちゃんの絵が飾られている美術展に行くことにした。

現地に到着して、障害者のみなさんの素敵な絵、迫力満点の絵、ユーモラスな絵を見て回り、いよいよ舞ちゃんの絵があるコーナーに差しかかった。その時である、二人の男性が、舞ちゃんの絵の前で、食い入るように観ている。そして、なんと、その一人が、傘を差しかけてくれた男性ではないか。これこそ奇跡だと思いながら、紗莉は静かに近づいた。

「すみません、雨のあの時、傘を差しかけて下さった方ですよね、その節にはありがとうございました」

「あ~あの時にはどうも、偶然ですね」

男性は、少しはにかみながら答えた。舞ちゃんと母にも丁寧に会釈した。そして「私はこういうものです」といって名刺をさしだした。