【前回の記事を読む】「迷惑はかけないから…」親に頼み込んでの浪人生活、その結果は…
第一章 上京
予備校は国鉄水道橋駅南口から徒歩で五分程の好立地の場所にあった。予備校華やかなりし時代である。農業では貯蓄は無理というものだ。現金の持ち合わせがないから、仕方なく、先祖伝来の貴重な山林の一部を売って予備校の授業料を親が払ってくれた。誠に申し訳ない。
さて何のアルバイトをして生活費を稼ぐか。知恵のない頭を振り絞り、考え続けた。そこで浮かんだのが中学時代、一年間程同級生共々新聞配達をした経験である。
〈よし、新聞配達で学費を稼ごう。新聞配達所であれば、寝泊まり無料、しかも飯付きではないか〉
こう考え、新聞の広告欄を探した。丁度、国鉄市ヶ谷駅南口近くの読売新聞配達所で配達員の募集案内があるのを見つけた。早速事務所に押し掛け
「配達員の募集まだやっていますか?」
と聞くと応対した所長は、細身の身体に首をかしげて
「まだ募集はやっているよ」
と言う。そこで早速
「応募したいのですが」
とおもむろに聞くと雄太を見た所長は
「身体は丈夫そうだね。しかし本当にやる気があるの?」
と念を押すので、雄太が
「ハイ、真面目にやります」
と返事をすると
「いいでしょう」
とコックリとうなずいた。ただちに、両親の保証人の同意を求めたのち、採用と決まった。配達は、同じ配達区域を辞める予定の前任者から、二日間付き添ってもらい、指導や注意点を言づかった。気をつけなければいけない点や、とかく誤解を生む恐れが生じる作法はメモに取り注意書きにした。
仲間のなかには、先程、朝食時に会話をした城間がいた。朝刊の配達が終わると朝食が待っている。食事は偏らないようにと所長の奥さんが一週間分の献立表を作り、きめ細かく配慮されていた。五キロも走りながらの配達は空腹、空腹で、配達終了ともなれば、「腹減った、腹減った」との合唱で皆が帰ってくる。豪華な献立ではないが腹いっぱいの食事だけで雄太は満足した。