ちょーじ
深夜2時、月明かりに照らされた佐藤家の庭に清美の姿があった。
(ロープも結構太いのを買ったし、ロープを引っかけるのに丁度良い丈夫なヤマモモの木があるし、後は脚立ね。……首にロープを巻き付けたし、さあ、準備が出来た。後は脚立を蹴飛ばすだけね。苦しいのは一瞬よ。さあ、行くわよ)
清美は、いざと言うときには思いきりの良い性格だ。勢いよく脚立を蹴飛ばした。
(痛い!)
首が絞まったと同時に落下して尾てい骨をしこたま打ち付けた。首も痛いし、尾てい骨も痛い。
「いったぁー!」
人間、痛すぎると動けないものだ。
(痛い、痛い、何なのよ、これ。ロープが切れた? 何で切れるのよぉ。十分太いのを買ったわよ)
しばらくじっと痛みをこらえていたが、少し楽になってきたので、月明かりの下、目を凝らしてヤマモモの木にぶら下がっているロープを見ると、先が刃物を使ったようにスパッと切れた状態でぶら下がっている。
(ええ? 誰が切ったの? 何が起こったの?)
目を凝らして辺りを見回してみるが、誰もいない。気配さえもない。ただ煌々とした月明かりの柔らかさを感じるばかりだった。一体何が起きているのか、清美は異次元に入り込んだような感覚に襲われた。ロープの切り口を見つめながら、あり得ないと思うのだ。
しばらく呆然としていたが、落ち着きを取り戻した清美は再度自殺を試みようと、ロープを結び直し、脚立の上に立った。輪になったロープを首に掛けようとした瞬間震えが来た。二度目には最初のような気力が湧かないようだ。今の生活を続けるくらいなら、死んだ方がよい。死ぬのは一瞬のことだと自分に言い聞かせて思い定めた、その時だ。
「止めとき。死んだらあ・か・ん。生きんかい。がしんたれやなぁ(意気地が無いねぇ)」
という声が聞こえてきた。清美は目をキョロキョロさせるが誰もいない。
「誰? どこにいるの?」
「あんたの中や」
「ええ!? 私の中? どういうこと? ……ひょっとして憑依しているってこと?」
清美は不安でいっぱいになった。
「憑依なんて言葉、よう知ってるやんか。そうや、ワシあんたに憑依してるねん。あんた霊聴能力が無いやろ。せやから、ワシの声が聞こえるように憑依してるんや」
憑依とは、肉体を持って生きている人や動物の体の中に他の霊が入ってくることである。死霊の場合もあれば、生き霊の場合もある。憑依されると色々災いがあると言われているので清美は心配しているのだ。
清美は16歳ながら、こういった心霊的なことに結構詳しいようだ。異世界に対するロマンを感じる一人なのかも知れない。また、霊聴能力とは、霊能力の一つで、肉体を持ちながら、霊と交信できる能力である。