プロローグ

ドアを開け、外に出る。

あっ、見つからなかったと言わなきゃ。やっぱりウチにビギナー向けのパソコン本はなかった、と。クルマに乗ったらすぐ訊かれるかと思ったのに、天気の話なんか振られたから言いそびれた。ラッキー。こちらから答えよう……。

マダムがトランクを解錠する音と車内のラジオの「正午をお報せします」のアナウンスとを耳にしながら、後部へ回った。

こんくらい、どうってことないけど……、でもクルマに乗る前に、少なくとも動き出す前に、言ってよねぇ。シートベルトって意外に面倒なのよ。まあ、きょうはドレスアップしていないから、いいけど……もちろん口には出さない。

ボルボはガードレールぎりぎりに停まっていた。左ハンドルならではの、すれすれ。ドライバーは降りられない。そもそも本人に、そんなつもり、まったくないだろうけど……。

開けた。たしかに、それしかなかった。茶色い、何の特徴もない、トートバッグくらいの大きさの、よくある紙袋。いや、逆に、珍しいかもしれない、いまどき……と思いながら手にした。軽くはなかったが、重いというほどでもない。開口部は軽く折り込まれている。左手に持ち替え、トランクを閉めようとした。

その瞬間、ふっと、眩暈。あれっ。いや、地震? 揺れているような。ん? 揺れてはいないか……じゃあ、やっぱり眩暈か。

かろうじてトランクを閉めた。何かが全身を包むような、ふんわりとした、柔らかな感じ、怖さはない、むしろ、なんだか幸せな感じのようで……唐突に、その、真綿のような緩い感覚が、智洋の全身を固く締め付け始めた。思わず目を閉じた。

智洋は、紙袋を抱え込み、しゃがんだ。次に襲ってくるのは、痛み。そう予想した。それほどの恐怖感。身構えた。痛さは、感じない、けど、気が遠くなりそうな。あぁ、気を失う……。