「ところでさっきの鳥の声の主は立花先生ですか?」

「そう、鷹の声で鳴いたの。鷹はカラスの天敵だから。あれくらいなら咄嗟(とっさ)でも出せるわ。それとカラスが鷹に食われるときの悲鳴はこの装置よ」

吾郷が心底感心した様子でいると、加奈子が促すように吾郷の袖を引っ張った。

「あ、紹介します。妻の加奈子です。民俗学の研究をしています」

「加奈子です。残念ながら今はもう研究は……」加奈子は首を振りながら挨拶をした。

「民俗学。素晴らしい。せっかくだもの続けなくちゃ」

「はい。でも大学も辞めましたし」

「研究なんてその気になればどこででもできるわよ。この地域も飛鳥時代から村落があったって聞くから、県立図書館か郷土資料館にはきっと面白い資料があるわよ」

「そうなんですか。今度いってみます」

「お互いマイナー学問を盛りあげていきましょ」

立花は笑った。吾郷は続けて美南と優を紹介した。

「優くん。カラスを嫌いにならないでね。本当はとっても賢くて可愛いやつだから」

はい、優は何ごともなかったように元気に返事をした。

「あのカラスはハシブトガラス。日本では都会で当たり前に見るけど、英語では『ジャングルクロウ』、森のカラスと呼ばれていて本来は森に棲んでいるの。だんだんと森が減ってきて都会に棲むようになったのね」

優と美南は興味深げに聞いている。

「カラスは羽をもった霊長類とも呼ばれていて、とても賢いの。人の顔を覚えたり、生ゴミ出しの曜日と時間を覚えたり、信号の意味もわかるのよ」

すご―い、と二人。

「それに人間の行動や言葉を真似するし、カラス同士でも百羽くらいなら鳴き声で誰か判別できるともいわれている」

えー、優と美南は目を丸くした。

「でも、賢いがゆえに危害を加えた人間を覚えて復讐するから気をつけてね。優しくされると懐いてくる可愛い鳥なんだけどね。あら、わたしったら、こんなところで生物学の講義なんかしちゃって。熱心に聞いてくれてありがとう。高校時代のお父さんにとっては、わたしの授業は子守歌だったからね」

立花はいたずらっぽく吾郷をちらりと見た。吾郷は小声で、すみません、と頭を掻く。