【前回の記事を読む】かつては楽園と称されたマンモス団地・若葉台団地での出来事

若葉台に越してきた頃

造成前の原っぱでバッタ採り

「こうやると落ちてくるよ」

そう言って、夫はクヌギの木の幹を思い切り足でけりました。木にとっては、ちょっとはた迷惑、顔をしかめたところを見ると夫の方でもかなり痛かったようです。ねー、まだ落ちてこないよ、と期待感を持って木の上を見上げる子どもたち。この頃若葉台には、結構いろいろな昆虫がいて、若葉台公園や大貫谷公園の木立の中に分け入って虫採りをしたものでした。

今も若葉台公園にはクワガタムシがいるのでしょうか。クワガタムシが落ちてこなかったときの夫や子どもたちの落胆した顔は忘れられません。引っ越してきた当時、私たちの棟のある第8管理組合までできていて、今の3-9棟、10棟は工事が始まっていませんでした。まだ野原のようになっていて、丈高い草が生え、バッタがたくさん跳ねていました。

「バッタを採りに行こう」

そう言われて虫カゴを手に夕方過ぎに出かけて行きます。草の間をいくらでもバッタが跳ねているのです。草の間に分け入りますが、だいたい捕まえられずがっかりして立っていると、急に安心したように鈴虫やすいっちょなど虫たちの声が高くなります。鳴き声が草の間から、そして大地から立ち上ってくるのでした。

「覚えてる?」

中学生になった頃子どもたちに聞きました。

「覚えてる、覚えてる。バッタを捕まえたよね」

顔を輝かせてこたえました。やはり自然が多いのはいいですね。自然とたわむれていた記憶が体のどこかに皮膚感覚のように残っていると、困ったときや人生のピンチになったときに何かの助けになってくれるような気がします。

完全な夜の闇などないはずなのに、若葉台という団地のど真ん中でふと、昔林を背にして立っていた家の木立を抜ける風の音を聞き、梢の先にかかる月を目にしたときのような気分になることがあります。というのも、この若葉台団地には、自然林の生えそろう大きな公園がいくつかあって、鬱蒼とした木々が濃い緑色の陰をそこかしこにつくり、まるで若葉台全体が森の中にいきなり現れたように感じられるからです。

何十年も暮らしている若葉台の風景で一番好きなものはと聞かれたら、「森」と答えるでしょう。仕事や家事をしていて疲れてくると、外を歩きたくなります。歩いていると自然に森林浴ができてしまい、気分が変わってまたほかのことに取り組む気分になれます。

ところが最近では、木々が伸びすぎて、街灯をおおって家の前を薄暗くしたり、歩道を不用心にするというので、問題になったりします。よく考えれば34年前、私たち一家がこの団地に越してきた頃は、ここまでの木々の勢いはなかったかもしれません。

ベランダから見る木々は数年前と比べるとだいぶ高くなったような気がします。もともとここが森であったことを考えれば、それも自然なことなのかもしれません。元に戻そうとする力がどこかで働いているのでしょうか。