突然、男が「おぉ」と声を上げた。木の枝を組み立てた罠にイノシシがかかっている。男は逡巡の後、ゲンタとリュウトの顔を代わる代わる眺めた。
「おまえとおまえ、こっちへこい」
そしてショウを見て、「おまえはそちら」そう言った。さゆりは指示もされないのに、今まで持っていたロープの両端に、それぞれ投げ縄の輪っかのような物を作った。ゲンタとリュウトが左右に分かれて木の隙間から輪っかを差し入れ、男が上手にイノシシの首にかけた。
「あっち、こっち、ひっぱれ」
男の指示通りにゲンタとリュウトはイノシシを見ないようにして、反対方向にロープを引っ張った。「もっと」と言われ、ロープに体重を乗せて引っ張った。男がイノシシの頭を木の棒で何回も殴った。ショウも男に言われて、殴るのを手伝った。やがてイノシシは動かなくなった。
男はイノシシを羽交い締めにし、男子三人の手を借りて押さえ込んだ。首に巻き付いていたロープを外し、四本の足を結わえて固定した。暴れるイノシシの力強さと毛のゴワゴワとした感覚がゲンタの手に残った。さゆりはイノシシを結わえるための縄を準備するのを手伝ったが、はるなとみやは何をしていいか分からず、ただオロオロしていた。
「イノシシ、泣いてる」
「子供がいるかもしれない。赤ちゃんが待っていたらかわいそう」
「ほらぁ、死にたくないようって言ってる」
イノシシの方に目を向けることができないでいるが、音は否応なく耳に入ってくる。
「いやぁ、声がしなくなった。死んじゃったぁ」
はるな達は半泣きの声になった。
「やだぁ」
怖いもの見たさで振り向くと、ヒクヒクと動いているイノシシを男が押さえ込み、男子三人が足にロープをかけるところだった。みやはその様子に吐き気を覚えた。ちさは青ざめて一歩後ろの方にいた。顔を両手で覆って座り込んだまま動けずにいる。さゆりが放心状態のちさのそばに寄り、手を取った。ちさはスッと手を引いた。
「いや」小さく言って、震えだした。
「生きるってこういうことじゃ。私たち、スーパーでトレイに乗った肉しか見んけど、こういうことなんだと思う。多分」