【前回の記事を読む】狼狽する子どもたちに重い一言「生きるってこういうことじゃ」
なぞの男
足を結わえ終えて、男はゲンタ達に言った。
「むらへかえる、なかまをよぶ、ここへもどってくる。じかんがかかる。おまえとおまえ、てつだえ」
そして、罠の横に転がっていた棒を縄に固定し、前を男が、後ろを体格のよいゲンタとリュウトに持たせた。自分が持っていた朱の入った小袋は、くれぐれもなくさないようにと言いながら、ショウに託した。ゲンタは声もなく男の指示に従い、腕に食い込む棒をリュウトと二人で担いだ。さゆりはリュウトに自分の軍手を渡した。
そして、青い顔をしてこわばったままのちさを促して立たせ、泣きながら吐いているみやと半泣きになりながらもなんとか持ちこたえているはるなにゲンタ達の後に続くように言った。ちさは青い顔をしてさゆりの手をぎゅっと握ったままだ。山道に慣れないはるなとみやは坂道の石ころで転ばないようにと必死に歩いた。
山裾へと続く道は、どこまでも石ころ道で歩きにくく、所々粘土で滑りやすい。ゲンタとリュウトも時々足を滑らしそうにしている。この道を天秤棒の前と後ろ、三人で息をそろえて歩くというのはかなり難しい。
再び川が見える所まで来たが、川沿いには登ってくる時、あったはずの田んぼや畑が見えなかった。コースが違うからかと思ってみたが、それにしても何も見えないのがおかしい。ちさとさゆりがそのことを不審に思い始めた。道から下に見える川は、確かに今朝、横を通った川だ。山には松や杉、翌檜などが生え、山茱萸や朴の木も見える。芙蓉や山椒の樹が葉を出す準備をしている。
確かにこの前、父と来た川だ。さらに下まで降りてきた。大きな川がよく見える所まで降りてきた。しかし、橋が見えない。護岸工事もされていない。道らしい道もない。
重たいイノシシを運ぶのに必死になっているゲンタも景色の違いに気づき始めた。みんな互いに目を見合わせて、不安な顔をしている。何かを言うと、そこから何かが崩れていきそうで、言葉にするのが怖くて、誰も何も言わなかった。不安ばかりが大きくなった。